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学校と警察

生徒(15歳)の暴走行為に苦慮した福岡県の中学校が、暴走行為をビデオに記録し、証拠として警察に提出、生徒が逮捕されたそうな。

http://www.asahi.com/edu/news/OSK200412200051.html

詳細はわからないけれど、この生徒は中一の頃から暴走族に入り、暴走行為を繰り返していたんだとか(他には授業中に乱入して騒ぐとかね)。学校では年間50回も家庭訪問をするなどして指導を続けたものの、暴走行為は止められず、苦肉の策として暴走行為をビデオに撮影し、警察に提出したのだとか(証拠がないと逮捕できない、ってことらしい)。

でね、本題はここからなんだけど。

この出来事に関して、マスコミは結構否定的なのね。
生徒と学校の信頼関係が…とか、学校と警察がこのような協力?体制をとるのは…、とかなんとか。

でもさ、率直に言って、そういう発想ってキレイゴトなんじゃないの?と私は思うんだけど。こういう論調に、犯罪者の人権は擁護するのに被害者は放置されているのと同じような、妙な違和感を感じるわけよ。

たとえば、もしこの生徒が暴走の結果事故を起こしたり、人を巻き込んだとしたら、「生徒と学校の信頼が…」とか言ってた人はどうするのか。「学校は暴走を止められなかったのか」とか「教師の指導力が」とか言うんだろうなあ。

先生だって神様じゃないし、今は教師の権威が落ちすぎているのが実情(これは親にも責任があると思うけど)。それでもなんとかしなければ、と試行錯誤した結果、結局警察へ証拠を提出、ということになったんじゃないの?

しばらくまえに、「暴走族は産業廃棄物以下だ」と発言した判事が叩かれていたけれど、あれも、被害をこうむっていた地元の人たちは「よくぞ言ってくれた」という感じだったらしい。(判事の発言をマスコミにチクッたのは、その暴走少年の親だったというから開いた口がふさがらない。判事の言葉を批判する前に、自分の子育てを反省しろってば) 今回もそれと同様、地元の人たちは肯定的だそうだけど、マスコミは自分に被害の及ばないところであれこれ言っているわけよ。

私が中学生だった頃は、ちょうど校内暴力がものすごい時期で、私のクラス担任だった生徒指導の先生は、本当に大変そうだった。その先生は、生徒指導のベテランとして他の学校から転勤してきた人だったけれど、それでも全然対応できなかったらしい。昼間は学校が荒れ放題。夜は夜で、毎晩のように警察から「生徒を補導した」と連絡が入り、当然寝る暇なんてなかったんだとか(後で親から聞いた話だけど)。結局その先生は、ストレスから椎間板ヘルニアを患ってしまった。一生完治しないんだよね、あれ。

その一方で、そうやって騒ぎを起こした生徒達は、卒業後、何事もなかったかのように、それぞれ普通に生活しているわけだ。

そりゃね、生徒と先生の信頼関係で全てが解決できれば、それに越したことはないと思う。でも、学校にだって限界がある。センセイにだって限界がある。学校と他の生徒を守るために、苦渋の選択を迫られることだってあるでしょう。児童や生徒がしたことの責任を、なんでもかんでも学校や教師に押し付けるなよ、といいたいわけよ。15歳なんだから、自分の行為の代償くらい、自分で払えるでしょう?

まあ、詳細を知らないままであれこれ書いてしまったけれど、この出来事自体よりも、何かといえば理想論であれこれいうマスコミに腹がたつ、という話です。

現場の先生たちは、この話をどんな風にとらえているんでしょうね。意外と学校側に批判的な人も多いのかも?でも、マスコミのように遠くからではなく、実際に現場にいる人たちがそう思うなら、それはそれでいいんだけど。
(そういう私も、遠くから言ってるだけなんだけどね!)

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