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危機感

スマトラの津波による被害者が増え続ける一方だ。というよりか、これまでは不明確な人数は入れられていなかったというだけなんだろうけれど。

050106_bridge「津波」という日本人なら誰でも知っている自然災害が、他の国では全く意識されていなかったということを、今回あらためて知った。
でもそれ以上に驚いたのが、津波大国(?)の日本でさえ「潮が急に引いたら、津波が来る危険性が高い」ということを知らない人が多いということだ。

なにしろ、私の旦那が知らなかった。
旦那は、普段からそういうことに非常に神経を尖らせている人だ。たとえば、電車の車両のどの位置が事故の際一番安全か、などということを常日頃から意識している、非常に神経質な人なのだ。その旦那が知らないなんて!

かくいう私は、いつどこでそれを教わったのかは覚えていないのだけれど、潮と津波の話は子供の頃から知っていた。おそらくは、かつて津波の被害にあった三陸(郷里の県内)の話を学校などで聞いていたのだろう。

…といいつつ、モルジブで書いたとおり、津波の危険性を感じつつも、本気で心配していなかったりもするのだけど。

そう、そもそも私自身、自然に対する危機感が薄いのだ。

ハワイ島でドロドロの溶岩に目と鼻の先まで近づいても、厚いソールのトレッキングシューズ越しに地下の溶岩の熱を感じても、私はレンジャーが印をつけたコース上だからと安心し、危機感など大して感じていなかった。旦那母は、溶岩が突然噴き出すのではないかと、慌ててその場を離れたのだけど、長生きするのはまちがいなく、旦那母タイプのほうだろう。何か通常とは違う気配を察知したら、それを知っていても知らなくても、即座に危険信号と認識して拒否反応を起こすのが、生物として正しいのだ。

津波のことはたまたま知っていただけで、他の災害の予兆があったとしても、私は気づくことができないかもしれない。そしてきっと、身の回りの自然に鈍感になった大多数(多分)の日本人も、そうしたサインを見過ごしてしまうだろう。現代人が、生物の本能としての危機感が薄れているのだとしたら、私が子供の頃に津波について教えられたように、ひたすら知識を得て武装していくしかないんだろうか?

とはいえ、そういう知識や本能だけで今回のような災害が軽減できたかどうかは、まったくもってわからないのだけれど…。

不幸にも今回災害にあわれた方々と、そのご家族に、心からお悔やみを申し上げたい。

(写真は夕日とレインボーブリッジ。文とはなんら関係ありません)

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