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陸前高田の薪の話とか震災ボランティアに会場設営させたテレビ局とか・1


震災発生当日から5カ月。「いつの間にそんなに時間がたったのか」という気持ちと、「まだそれしか経っていないのか」という気持ちの両方が胸をよぎり、何か奇妙な感覚を覚えます。

で、震災に関わる話で、気になる話が二つ。
岩手の陸前高田市が京都に送った薪の話と、宮城県南三陸町で、震災ボランティアがなぜかテレビ番組の会場設営の作業をさせられた話です。


ず陸前高田の話。

送り火用の被災松からセシウム 京都市、使用中止を発表

簡単に事情を説明しますと。
陸前高田市の海岸を彩った由緒ある松林(高田松原)が、先の津波でなぎたおされてしまいました。(この松を単なる廃材と思われている方も多いようですが、高田松原は陸前高田のシンボルでした)
その後、その松を薪にして、京都の五山送り火(通称大文字焼き)で燃やしてもらうという計画が進んでいたらしいのです。
当初、陸前高田から京都に送られた薪は放射性物質の検査は陰性でした。ところが京都市民から「被災地の薪を燃やして京都を放射性物質で汚染させるのか」という苦情があり、大文字保存会は陸前高田の松を使用しないことに決定しました。
ところがところが、今度はその中止決定に対して「検査で白だったのに中止するなんて京都のイメージダウンだ」と内外から批判が殺到。するとその声を意識したのか、今度は京都市長が中止を撤回し、陸前高田市に再度薪を送るように依頼。陸前高田市では、当初使う予定だった薪はすでに地元で迎え火として燃やしてしまったために急きょ別の薪を手配しました。すると、新たに京都に送られた薪からセシウムが検出されてしまった、ということなのです。

結局、京都の要請で集めた陸前高田の薪は使用しないことになり、京都市長が陳謝、陸前高田市の市長は憤慨、ということになっています。


で、問題はここからなのですが、この話、陸前高田と京都の問題のように思われるのですが、実は違うようでして。

そもそも、この送り火はもともとは陸前高田市の希望でも京都市の希望でもないのです。
この計画を考えたのは(なぜか)大分在住の芸術家で、計画実現に向けて動いていたのが福井のNPO法人。 陸前高田市は頼まれたから薪を準備し、京都も頼まれたから検討したのであって、双方自ら希望したわけではない。なのにこの両者のトラブルのような様相を呈してきてしまいました。

また、一度目は放射性物質が検出されなかったのに二度目は検出されたのは、一度目の薪は皮をむいた状態だったから(使う状態にして送ったようです)。二度目は急きょ要請されたため、管理していた福井のNPOが野ざらしになっていた木材を皮つきで送ったらしいのですが、京都ではなぜかその使わない皮の部分だけを集めて検査し、そこからセシウムが出たと大騒ぎになった。
ただ、放射性物質が大量放出された期間に野ざらしで放置しておいた樹皮を集めて測定したら、おそらく東日本の太平洋側ならどこでも、セシウムが検出されても不思議ではないのです。震災後、東京都の家庭ごみ焼却場で高濃度のセシウムが検出されました(被災地のがれきの受け入れなどは一切ありません)。その原因として、剪定された枝や草などがあげられていましたが、それと同じことです。これについては、陸前高田にも薪を管理していた福井のNPOにも認識の甘さがあったことは間違いないでしょう。

では、京都ではなぜわざわざ薪にしない樹皮だけを集めて検査したのか。
私が思うに、もしかすると、薪を使わずにすむようにセシウムを検出させたい人がいたのかな、と。(セシウムが検出されたら中止、と決めていたそうです)

まあ、これは私の推測で、実際のところはわかりません。

ただ、どのような理由であれ私(岩手出身)は、使用を拒否した京都を非難するつもりはありません。(陸前高田の人たちの気持ちを考えれば気の毒なのですが、それは別として)
放射性性物質で(多分)汚染されていないはずの自分たちの地域に、余計な心配の種になるものを持ち込みたくない、というのはごく自然な反応だと思います。科学的にどうこうというより、「とにかく不安」という気持ちの問題ですよね。

「検出されたセシウムは微量で問題ない」という人もいるようですが、微量だろうと何だろうと、余計なものを外から持ち込んでほしくないというのは普通の感覚でしょう。それを「被災地がかわいそう」等の感情的な理由で、特に部外者が京都を非難するのは、ちょっとちがうのではないかと。

また放射性物質うんぬんがなくとも、送り火はその地域の宗教的な行事です。まして古都京都ですから、直接関わりのない他の地域のものを使いたくない事情もあるでしょう。
そもそも、岩手出身の私でさえ、当初計画を聞いたときに「なんで陸前高田の松を京都の送り火に?」といぶかしく思ったのです。「そんなこと、岩手の人から希望するかな?」と。(好意でやってくれると言われれば、もちろん喜ぶでしょうけれど)

さらに、京都の最初の中止決定に対して福島の自治体が「風評被害を招く」と抗議したようなのですが、これがさらなる混乱(中止の中止)を招いたように感じます。この問題、なぜか部外者のほうが声が大きい…

陸前高田市の市長が怒っているのは、(これも私の推測ですが)一度中止が決定して決着したはずのところを政治的な判断で翻し、今度は自分たちで薪を要請しておきながら、また「やっぱりセシウムが出た」と念押しのような結果で中止にしたこと、その経緯があるからなのではないかと。

いずれにしてもこの件は、話を半ば強引に進めた大分の芸術家と福井のNPOが責任をもってまとめるべきだと思うのですが、彼らはどうしたんでしょう?
ここのところ、震災や被災地を自分の売名に使っている人たちがいるように思うのですが、この芸術家たちには、そうではないことを見せていただきたいところです。


なお、二転三転した陸前高田の薪は、成田山新勝寺で護摩の木といっしょにたいて供養してもらうことになったそうです

これについて、新勝寺は、陸前高田市から発送する前に、松の皮を削れば心配はないとして、予定どおり9月に護摩の木と一緒にたくことになりました

とのこと。色々と振り回された陸前高田の人たちの気持ちも、これで救われると思います。新勝寺と千葉の皆さん、ありがとうございます。

ちなみに成田山新勝寺は、風情があっていいところですよ!関東にお住まいで行ったことがない方は、ぜひ一度行ってみてくださいね。

結局、こういう時の行動が、後々の評判を左右するんですよね…

前記のとおり、私はこの件で京都の人が悪いとは思いませんし、マイナスの感情も持っていませんが、成田山新勝寺の厚意には本当に感謝しますし、もし今後何か機会があったら応援したいと思います。


あらら、長くなりすぎたので、ボランティアに会場設営させたテレビ局はこちらに分割します。


8/16追記:
成田山新勝寺の件は、京都の騒動が起こったことで受け入れを申し出たのかと思いましたが、

新勝寺によれば、マツを燃やすことを決めたのは京都「大文字」が話題になる前で、同じ宗派である陸前高田市の金剛寺が「おたき上げ」でマツを供養することを知り、賛同したことがきっかけ。

なんだそうです。
(これも陸前高田が頼んだのではなく、成田山新勝寺の申し出のようです)

で、さっそく成田山新勝寺に抗議をする人がいるそうなのですが。↓

「核廃棄物持ち込み許さない!」 マツ騒動、今度は成田山新勝寺に抗議

うーーん…。

原発から遠い京都の人たちが言うのはわかるのですが(当事者意識もないでしょうし)、県内も被災した成田でもそうなんですね。薪は皮をむいて線量検査もするという話なのですが、それを核廃棄物って…

こういう極端なことを言うのは、実は成田の人ではないような気がします。というのも、成田は線量が高い地域のようなので、こういうことを言ってしまうと「じゃあ成田は?」となってしまうわけで…
やみくもに抗議したい人がいるのでしょうか?


「被災松」手あげた成田山に「ご迷惑心配」と陸前高田

陸前高田も、せっかくいただいた好意が大騒動につながってしまい気の毒です。無理に他の地域で供養する必要はないのですし、今後はお気持ちだけいただいて、お断りしたほうがいいような気がします。

成田山新勝寺の皆さんにも、せっかくのお気持ちがおかしなことになってしまって、何か岩手出身の私まで申し訳ない気持ちです。


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